男の肖像1身体美学講座 Fhysical Aesthetics

三島由紀夫

2010年12月13日

三島斜め正面


この表情は後半生で多く見られる。
遠くを見つめるような鋭い視線。
異様なほどの光を感じさせる。
壮絶な死を予感しているような。

死後だからそう見えてしまうのか。
眉も濃く、男性的な風貌。
本人が憧れ、目指した侍のよう。

しかし元々強面だった訳ではない。若き日は青白き文学青年。
本人が認めるところの文弱の徒。体位体力も貧弱、軟弱だった。

だが青年期末期に剣道をきっかけに肉体的美意識に目覚める。
身体美学では美意識だが、彼は肉体的教養と表現した。
日本のインテリはそれがまったく欠落していると批判した。

自身貧相な肉体は恥と感じて、改善に励む。
同時に陽明学や、葉隠れ(武士道)に傾倒していく。
文弱の徒から一転して、文武両道の行動派作家に変貌していった。
下の左右の画像は象徴的にそれを表している。

二十代作家風 裸の半身、刀にはちまき

今年は没後40年。だが未だ死の衝撃は冷めやらない。
戦後最大級の事件の一つであろう。
今なお三島論はあふれかえっている。

その後の日本は彼の予見通りになった、とも言われる。
曰く魂のない経済大国。だが今や経済すら危うくなってきた。
民主党政権下で国家の矜持や安全保障は惨憺たるありさま。
経済成長していた当時より万事状況は悪い。

筆者が痛感するのは、意見の主張に対する指摘。
民主主義(戦後がつく?)では誰でも意見を主張する権利がある。
その結果誰もが実に気軽に意見を主張するようになった。

だが言葉に対する責任などまったく自覚していない。
ろくに知りもしないのに平気で分かったような主張をする。
自分の愚かさを宣伝するようなものだが、自覚がないので恥じない。
極論すれば一億総評論家になったかごとき様相だ。

ウェブのような匿名の空間ではさらに拍車がかかる。
恥を知らない愚論があふれかえっている。
まともな人は三島でなくても鼻をつまんで通りたくなるだろう。

あの時でなくても、どのみち彼は自決したのかも知れない。

石原慎太郎

2011年4月1日

青年期の立ち姿 三島由紀夫と二人

画像は青年時代、右画像の手前は三島由紀夫。

弟は昭和の大スター。本人も弟に勝るとも劣らない華麗な人生だ。
そもそも弟にスターへのチャンスを与えたのも兄だった。
弟は映画各社のオーディションを受けていたが全敗していた。

一方兄は若くしていきなり芥川賞受賞という鮮烈な文壇デビューを果たす。
同作が映画化されるにあたって兄は、映画会社に弟の起用を条件にした。
弟の起用は大成功、兄弟揃っての華麗な成功物語が始まる。

兄の活躍は作家業に留まらず、自民党参院議員として政界にも進出。
当時の同党若手議員たちと血判状を作成して青嵐会を立ち上げる。
渡辺美智雄、中川一郎、ハマコーといった派手な顔ぶれだった。

彼らはその後同党の有力政治家として活躍する。
首相こそ出なかったが、それぞれ強い個性で存在感示した。
それも今は昔、多くはすでに故人、今も現役なのは石原氏ただ一人。

初の都知事選や自民党総裁選で敗北の経験もした。
だが存在感を失うことはなく、早世の弟同様人気は衰えない。
首相への期待が圧倒的に高い政治家となる。
だが政界に幻滅して一度引退。

しかしその後都知事候補として復帰当選、三期目の今に至る。
三度目の選挙は少し苦戦したが、二度目は史上最高得票数を誇る。
三期限りで引退の意向だったが、土壇場で翻意、四度目を狙う。
翻意の背景には多くの人々の熱烈な支持がある。

若い他の候補者に比して、ひときわ高齢。
だが存在感では他を圧倒している。他の人が小粒に見えてしまう。
最もダンディーでもある。
氏も小粒すぎてまかせられないと、翻意の理由を語る。

三島由紀夫とも時代は重なり、共に時代の寵児として接点もある。
上の画像から分かるように対談もしている。
そのとき思想的な対立から、三島が明言した。
「もし君がそうするならば、私は君を殺すだろう。」

石原は受け流したが、議論に火花が散っていた。
三島にとっても印象深かったようで、後に述懐している。
「これまでの人生で希有な魂のぶつかり合いだった。」

文学という芸術の世界。政治という現実の世界。
両方で成功するというのは男子の人生としてこれ以上ない。
華麗な人生はまだまだ続く?。下の画像は近影。

顔アップの近影

坂本龍馬

2012年3月6日

顔斜め前写真

明治維新、すなわち文明開化直前の時代でぎりぎり間に合った。
リアルな肖像が。つまりかなり鮮明な写真が残された。
だが歴史上の人物として人気なのは、その個性故だろう。

若くして稀有広大なビジョンを掲げ、明治維新に貢献した。
おりしも長く低迷し、混迷を深める今の日本社会。
平成の龍馬の登場を待望する声をよく聞く。

最近存在感を高めている橋下大阪市長が、候補との見方もある。
では龍馬なら本当に時代を変えられるのだろうか。
筆者の私見としては、少し人気が先行していると感じる。
彼が傑出した魅力的な人物だからこそだろうが。

彼は歴史上の偉人としては致命的な失敗をしている。
それは若くして暗殺されてしまったこと。
故に歴史への影響力も中途で途絶えてしまった。

激動の時代、命の危険に満ちていたはず。
時代を動かす偉人は生き延びなければならない。
どんな大器も死ねば終わり。まず生きることがすべての前提。

戦国の革命児、織田信長の生涯は戦に始まり、戦に終わる。
絶体絶命の危機も度々あったが、臨機応変な危機管理で回避。
半世紀舞台に立ち続けたからこそ時代を変えることができた。
最後は天才らしからぬミスで、あっけなく閉じた。
しかし天下布武のビジョンはほぼ達成している。

それだけに龍馬暗殺は非常に残念なできごと。
ただ天才は自ら墓穴を掘ることも多いのも事実。
橋下大阪市長には墓穴を掘らないよう願いたい。

田中角栄

2012年9月18日

演説する田中

当欄ではこれまで日本の首相が一人も登場していない。
特に理由はなく、単に思い当たらないだけ。
国のトップにしては目立ちにくい存在なのかも。
現首相が誰か知らない日本人もけっこういるという話もある。
誰でも同じと感じている人も多いようだ。

戦後に限っても数ばかり多くて、際立った人物は少ない。
そんな中で一人際立っているのが田中角栄。
コンピュータ付きブルトーザという異名が存在感を物語る。

バイタリティにあふれ、仕事量も抜群に多かった。
人間的には器の大きさが抜群だった。
誰にも気遣いする人で、その細心さがコンピュータ付きの所以か。

人は接する相手によって人間が変わる。
器が小さいほど人に多くの欠点を感じ、目くじらを立てる。
そのくせ自分の欠陥には鈍感で、気がつかない。
自覚がないので何ごとも人のせいにする。

ようするに器とは人を受け入れる容量に他ならない。
小人とは人を受け入れる容量が小さいのだ。

田中の人望の厚さは、器の大きさに比例していた。
人望の質量の大きさで際立っていた。
それが社会的実力と相まって、政治家として頂点にのぼりつめる。

貧相な首相も多い中で、田中は器に相応の風格も感じさせた。
近年の首相見ても匹敵する人物は見当たらない。
タイプとしては鈴木宗男氏がやや似ている。
だが田中のような活躍は実現できていない。

田中の自慢の愛娘、真紀子女史も華やかな個性で父の跡を継いだ。
だが器の大きさでは父に遠く及ばない。
器とは努力して大きくできるものではないようだ。

戦後を代表する政治家である田中だが、晩年は大きく暗転する。
一度は国家の頂点に立った人物が、収賄罪等で逮捕拘留される。
さらに実刑判決も受ける。

それでも田中の人望は揺るがず、政界に君臨し続ける。
表舞台から降りても影響力の大きさから闇将軍と呼ばれた。
それでも帝国は必ず滅びる。
一代で築いた帝国も徐々に弱体化していく。

最晩年は病気もあり、年齢以上に痛々しいほど衰える。
故に最後も大政治家らしい大往生とはいかなかった。
しかし近年の首相と比較すると、器の違大きさが際立つ。

松下幸之助

全盛期の肖像

2015年2月20日

日本を代表する企業家の一人。
経営の神様の異名が固有名詞として定着している。
神様といえば彼なのである。

一代で世界的企業を築き上げた。
実績を見れば誰もがパワフルな人物を想像するだろう。
下の若きの日の画像も、普通に健康な青年に見える。

全盛期の肖像 全盛期の肖像

ところがまったく体力のない虚弱体質だった。
常態が半病人だったと言って過言でない。
つまり健常者とは言えない障害者に近い水準だった。

虚弱は血筋で兄弟多かったが、大半が若死にしている。
彼自身も中年までは生きられないと見られていた。
だから健常者と同じようには仕事できなかった。

十代から7年間電気工事の仕事に携わる。
連日の肉体労働に耐えられず、2〜3日働いては1日休養。
それが精一杯のローテーションだった。
虚弱ぶりも大成功者としては稀有な特徴である。

しかも戦前は日本人全体の平均寿命が極めて短かった。
ところが激動の戦中戦後を迎えた時、すでに壮年期。
青年時代の医者の見立てではすでに故人となる年齢。
現実は意気軒昂で会社は益々発展、高度成長期を迎える。
世界的な家電王国を築き、基幹産業の一翼を担う。

パワフルな人物でも早死にする例は珍しくない。
天才スティーブ・ジョブズも五十代で病没した。
超虚弱な彼がなぜ94才まで生きられたのか。
現代の平均寿命も大幅に上回る。

おそらく虚弱だからこそ、常に細心の健康管理していた。
無茶をすればたちまち、体が悲鳴をあげる。
常に体と対話し、向き合っていたと想像できる。
たゆまない自己管理の賜物、と考えるのが自然だろう。
美学の立場からも彼の生活は興味深い。

恵まれなかったのは健康だけではない。
経歴もエリートの対極と言えるたたき上げ。
最低限の義務教育すら修了していない。
家が破産して幼くして丁稚奉公に出されたためだ。
今なら中卒以下ということになる。

起業も吹けば飛ぶような家内手工業的水準。
そこから一代で世界的企業に発展させた。
すなわち20世紀を代表する世界的経営者の一人。
画像にあるように米タイム誌の表紙にもなっている。
経営の神様と言われる所以だ。

彼亡き後の同社は順風満帆ではない。
近年の経済構造の激変に、対応仕切れていない。
彼の姓を冠した社名も消え、英語名に変わった。

かつては業界随一のブランド力を誇っていた。
値引き幅の少ないメーカーの代表だった。
そのブランド力ももはや有名無実。
世界でも国内でも苦戦が続いている。

一方同じ基幹産業、自動車業界は今も栄華続く。
トヨタは日本を代表する企業であり、世界一でもある。
精彩を欠く家電業界とは対照的。

カリスマ経営者が育てた松下電器。
新生パナソニックにカリスマはいない。
はたして往年の栄光を取り戻せるのか。
同社の奮起を期待したい。